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    華のお江戸の快男児 月光・星空・恋頭巾 恋頭巾ドットコム

    第1部
    目次

    あとがき


    第2部
    目次

    楽しかった19世紀の日光江戸村観光旅行

    21世紀に入り、科学医学物理学の進歩発達はすばらしいものがあります。
    日常の生活においても、テレビ、インターネット、コンピューター、照明機具、電子レンジ オーブントースター・エアコン・・・から、自動車、高速鉄道、飛行機、ロケット・・・にいたるまでありとあらゆる分野において、昔の人なら想像できないほど、信じられないほど進歩・発達しています。

    その中で吾が娯楽SF時代劇会が特に注目したのが「スーパー・タイム・マシン」のすばらしい進歩、発達であります。
    日本で昔から伝っている昔話し「浦島太郎」のお話しにも「タイムマシン」らしきものが登場いたしますが、今回はそのすばらしく進歩・発達した、最新鋭の「スーパータイム・マシン」をつかって19世紀初めの江戸の町を訪れてみようと思います。

    私は一般のお客様10名と一緒にスーパータイム・マシンにのって、19世紀の花のお江戸なるところにいこうと思っていたのですが、予約センターに行ってみるとあいにく、その「花のお江戸の観光ツアー」は、大人気で予約がいっぱい2年待ちという気の遠くなるような混み様だったのです。

    そこで急拠・予定を変更して、皆さんもよく御存知の栃木県の「日光・江戸村」へ行くことにしたのです。
    どんな楽しいことがばかなじじいを待っているかわくわくしながら東武浅草駅から日光行きの特急・スペーシアに乗って、出発しました。

    ちょうど、その日の浅草の町は毎年恒例の夏のビックイベント、浅草サンバ(産婆) カーニバルがおこなわれていて、浅草の町はいっぱいの人たちでお祭り騒ぎでした。
    日光行きの特急・スペーシアに乗り、外のすばらしい景色をたんのうしているうちにまもなく電車は日光駅に着き、そこからタクシーに乗って、お目当ての花のお江戸の日光江戸村に着きました。
    私はさっそく貸し衣裳屋で、ちょんまげ刀、着物、ゾウリを借り、歩いて花のお江戸の町を楽しみました。

    予想していたとおり、花のお江戸の町がかもしだす、江戸情緒はすばらしく私は時間を忘れて、それらを楽しみ、 見とれていました。 19世紀初めの江戸の町は、この娯楽SF時代劇の主人公である月星頭巾と月姫・星姫の最強・剣術トリオがその剣術の強さとかっこよさで江戸じゅうの人々を熱狂させていた所で、私も自分の目で、彼らの強さと人気のすごさをリアルに味うことができました。
    江戸の町のいたる所に月頭巾、最強剣術軍団のすばらしい似顔絵がはられていました。

    私は普段は東京の台東区に住んでいますが常日頃から望んでいることは、「日本の首都である東京で、江戸時代の名残りを残し、かつ江戸時代を象徴する 建物でもある『江戸城』を見たいということでしたが、日光江戸村で見た. 『江戸城』は誠に感慨深いものがありました。

    さらに江戸の町では楽しい歌謡ショーがおこなわれていました。
    何と21世紀の人気歌手細川たかしさんの5代昔のひいひいひいおじいさんで当時の人気歌手である、細川たかの介さんが、かっこいいちょんまげをつけ、きれいな着物を着、刀をさし、すばらしい歌と剣術を披露して、拍手喝采のステージを着繰り広げていたのです。
    私は「あの、細川たかしのひいひいひいおじいさんも人気歌手だったんだ」とうれしく思いました。
    私は大歌手、人気歌手である細川たかしさんには失礼ながら細川たかしさんもいつまでも、今のようなユニークな髪型をしてないでひいひいひいおじいさんのようなすばらしい江戸時代の髪型のカツラを付けて、時にはチャンバラでもしてイメージ・チェンジをして娯楽・時代劇風歌手というキャッチ、フレイズで御活躍されてはいかがでしょうか、喜ぶファンもいっぱいいると思います。 1日目の観光も終り、いつのまにか日も暮れて、私は歩き疲れて、お腹もすき現地では最高級といわれる「月星頭巾&月姫星姫」という月星頭巾軍団が経営している江戸時代風の旅館に入りました。

    江戸時代風の着物を着た、若い仲居さんたちが親切にお世話してくれました。
    この旅館は玄関もお部屋も食堂も、お風呂も江戸時代風につくられていましたが最高級といわれる旅館だけあって、お客様への気配りも最高級でいくつかの配慮がほどこされていました。

    コースには19世紀コースと21世紀コースの2つのコースがありました。

    (1)19世紀コース

    [部屋] エアコンがなく、夏はすごく暑く冬はすごく寒い
    [食堂] 椅子はなく、座布団に座って食べる
    江戸・紙芝居テレビで「月星頭巾&月姫星姫」の放送をしてる
    [風呂] 19世紀当時そのままで、お湯が減ると、仲居さんが水を足し、薪(まき)を燃して熱くしてくれる
    21世紀の生活に慣れた人にはかなり不便
    [食事] 19世紀の当時そのままの食事で21世紀の食事より味が数段落ち、あまりおいしくない。
    [照明] 19世紀の当時そのままの行燈(あんどん)しかなくあまり明るくない、さらに油が切れると給油しなくてはならない
    (2)21世紀コース
    [部屋] エアコンがついていて、部屋の気温はうまくコントロールされている
    [食堂] テーブル・椅子があり、衛星放送など、いろいろな放送で「月星頭巾&月姫星姫」「プロ野球中継」などを見れる
    [風呂] 蛇口も桶も21世紀レベルで、金属製、プラスチック製で シャワーもついていて、ジェット風呂もある
    [食事] 21世紀のすばらしい調理技術を駆使したおいしい食事
    [照明] 形だけは行燈(あんどん)だが、21世紀の科学技術の先端をいく、すばらしく明るいイルミネーション付きの照明


    私は19世紀コースの時計もない部屋で、現在の時間もわからないまま木製の枕などがある、江戸時代風の寝具の上で眠りについたのです。

    読者の皆さんも19世紀の江戸の町の旅館に、なぜ21世紀コースがあるんだと思われる人がいると思いますが、それは多くの21世紀のお客様がスーパー・タイムマシンやスペーシアに乗って19世紀の江戸の町に観光旅行に来るからなのです。

    さて、観光旅行も2日目が始まりました。
    今日は大好きな大相撲を見に行ってみましょう。
    江戸時代の大相撲は今のような国技館や名古屋、大阪、福岡にあるような立派な会場ではなく、江戸にある大きな敷地にある神社の境内などに仮設の相撲小屋をつくり、晴れた日の日中だけ、「晴天、10日間」というように年に2回ほどおこなわれていました。

    その日の相撲のもようは当時の科学技術の最先端をいく「江戸・紙芝居・テレビ」を通じて、相撲好きな弁士の迷調子の迷解説を交えながら、江戸じゅうの家庭に放送されたのです。
    日本の相撲は遠く海外にも知られており、力士になりたい力自慢の男性たちは船にのって来日し、髪の長さが足りない為、大銀杏(おおいちょう)のカツラをかぶって相撲をとったのです。
    なお当時は外国から来た力士は、力士、相撲取りではなくスモウレスラーと呼ばれていました。
    現在の大相撲の力士の中にも、江戸時代の土俵の上で相撲をとりたいという力士がいて、希望する力士は江戸相撲のおこなわれる偶数月に東武浅草駅から特急のスペーシアに乗って、日光江戸村の相撲場に行き相撲をとっていたのです。

    現在の大相撲の力士たちも、200年昔の江戸の土俵で相撲をとるのが楽しいらしく 皆、元気に相撲をとり、相撲をとり終ると、江戸の町を散策し、楽しそうでした。
    当時のお相撲さんは現在のように1m80、120kgというように表示されるのではなく6尺、35貫というように江戸時代風に表示されていたのです。

    優勝すると、現在の2,000万円に相当する200両の大判が与えられました。又、優勝パレードは、飾りをつけた早駕籠(はやかご)に優勝力士がのり横から顔をだし、沿道の観衆に手を振って応えるのでした。
    人気力士になると、可愛い江戸小町から、サインや握手をせがまれ、さらにエスカレートするとデートまでせがまれ、うれしそうでした。

    最後に江戸時代の相撲に関して、娯楽時代劇商会としては何としても、皆様にお伝えしなければならない驚くべき楽しい事実があったのです。
    それは何と、何と江戸時代には「女性相撲」がおこなわれていたのです。

    ジョークではありません。ファクトなのです。本当におこなわれていたのです。
    この「女性相撲」は力士はもちろん女性ですが、行司も呼び出しも弓取り式もすべて女性で運営されていたのです。なかでも女性行司のまばゆいほどの雅びやかな衣裳はまさに圧巻でありました。

    まず最初のビックイベントは幕内の取り組の前におこなわれる大人気の美人、横綱、乙女・富士、土俵入りであります。 彼女は土俵入りをする時は乙女らしく口紅をぬり、イヤリング、ネックレスをし日本一の山、富士山をいろどった、カラフルな化粧まわしをし、ピンク色の綱をしめ、すごい歓声の中、女性らしい色香をただよせながら、華々しく土俵入りをおこなったのです。

    さらに江戸相撲協会では観客の「日本一」という声援の連呼に応える為に彼女に客に向って、ウインクや投げキスをすることを命じたのです。
    このお陰で美人・横綱・乙女富士の土俵入りはやたらと時間がかかり普通の横綱・土俵入りの倍以上時間がかかったのです。

    もちろん彼女は横綱ですから相撲は桁違いに強かったのですが、体型は太ったお姉ちゃんではなく、長身、足長のダイナミック・バデーでレオタードをつけて、ハイヒールをはいて、ラインダンスを踊れるほどの抜群のスタイルだったのです。 優勝の夜におこなわれた「優勝祝賀会」には江戸じゅうの彼女のファンがどっと押しよせ、いつまでも「おめでとう」「万歳」の声がひびきわたり、花火も打ち上げられたのです。

    横綱の土俵入りが終ると続いて幕内の取り組となります。
    力自慢の女性力士たちはカラフルなまわしをつけて、勝利をめざして奮闘、努力をしたのです。
    人気力士が登場すると土俵はたいへんな騒ぎとなり、懸賞が山ほどかかり、応援団がハチマキをして太鼓をたたいて応援したのです。

    観客の中には信じられないようなバカな客がいて、ひいき力士が負けそうになるとその客は突如、土俵の上に上り、ひいきの力士と一緒に相手力士と闘ったのです。
    時には相手力士をその客が押し出したり、ぶん投げたりしたのです。
    このまさにプロレスの乱闘まがいのめちゃくちゃ相撲を見ていた観客は驚きのあまり吾が目を疑い、座布団を土俵に向って投げ、騒ぎ立て、場内はパニック状態になってしまったのです。
    私も運よく、その場にいたのですがわずか20~30分ほどの時間ではありましたが生涯忘れえぬ生涯最高の楽しい思い出となりました。 その後マスコミの取材に応じた江戸相撲協会の幹部の面々は「今日の相撲はいくら、お笑い娯楽時代劇にでてくる相撲とはいえ、あまりにもふざけ過ぎる、今後このようなバカな相撲をやらかしたら厳重に処分する」と淡い顔で語ったのでした。
    最後の結びの一番も美人・横綱・乙女富士の圧勝となり、大歓声の中、本日の打ち止めとあいなったのです。

    江戸の町には美人横綱・乙女富士のファンであふれ、連日連夜、彼女のTシャツを着た追っかけギャル、追っかけ男、追っかけおばさん、追っかけおじさんが多数出没し 奉行所(ぶぎょうじょ)は彼らのばか騒ぎに苦慮し、取り締っていました。
    夜10時以降は取り締りをさらに強化したのでした。

    楽しかった日光江戸村観光旅行も終りに近づき、私は友達へのお土産(おみやげ)として、雷おこし、ささ団子、桜もち、せんべいを買い、日光駅から東武浅草駅行きの特急スペーシアに乗りこみました。
    私は200年昔の花のお江戸の観光旅行を目一杯楽しみ、楽しい思い出をいっぱいつくって、21世紀の浅草の町へ帰ってきたのです。

    最後に、スーパー・タイム・マシンと東武鉄道の特急スペーシアについて御説明いたします。
    この2つのすばらしい、マシンと電車は過去の時代でしたら、いつの時代でも行けます。9世紀の京都に首都があった平安京にも行けます。
    17世紀の初めにあった関ヶ原の戦いの現場にも行けます。
    ただし、電車はJRの電車に乗ります。
    過去の時代では外国へも行けます。アメリカにもヨーロッパにも行けます。
    エジソンやベートーベンにも逢えます。ただし電車ではなく飛行機に乗って行きます。

    さらに20世紀中頃の月にも行けます。アポロ11と同じ頃でも行けます。
    ただし、アメリカの月に行く、宇宙船に乗る宇宙飛行士にならなければなりません。
    人類が未だ行ったことのない火星など、太陽系の惑星にも行けます。
    ただし、未来の世界には行けません。
    相も変わらず、ばかばかしいお話しを書いてしまいましたが今回のお話しはこれで終りとなります。