商品カテゴリ

    現在のカゴの中

    合計数量:0

    商品金額:0円

    カゴの中を見る

    華のお江戸の快男児 月光・星空・恋頭巾 恋頭巾ドットコム

    第1部
    目次

    あとがき


    第2部
    目次

    子供の頃の楽しい思い出がつくった迷作
    娯楽SF親父ギャグ時代劇、娯楽SFズッコケ時代劇「月星頭巾&月姫星姫」

    私の書いた娯楽SFギャグ時代劇、娯楽SFズッコケ時代劇には「花のお江戸の月星頭巾&月姫、星姫、頭巾と姫のズッコケ珍道中」という題名がついています。
    私がなぜこのような題名をつけたのか、まずその理由をお話しいたしましょう。
    私は昭和25年、新潟県の雪深い田舎町に生れました。
    そこは回りに田畑が広がった、自然豊かな農業の盛んな町でした。
    私はそこでとれたうまいお米(今で言うと魚沼産のコシヒカリ)とうまいそば(今で言うとへぎそば)を腹一杯食べて育ちました。
    私は昭和30年代の始めである、昭和32年の4月小学校に入りました。
    東京では東京タワーができた頃でした、どちらももう70年も昔のことでした。 新潟県は東京から遅れること4~5年の昭和30年代の始め頃 テレビ放送が始まりました。
    私はテレビを見るのが楽しくて、毎日テレビを見ていました。
    その頃のテレビは今のようなすばらしい映りのいいカラーテレビではなく、極端に性能の劣る映りの悪い白黒のテレビでした。今のテレビは薄くて軽いですが、あの頃のテレビは厚くて重く、10キロもありました。
    私は今の時代には絶対にないような、コップの中に粉のジュースの素と水を入れてそれをかき回してつくった、前時代的なジュースを飲みながら、食い入るように見ていました。

    まもなくして、私の運命と人生をかえるような出来事がおきたのです。
    私は週一回放送される「月光仮面という正義の英雄」に夢中になり朝から晩まで学校にいっても、頭の中は月光仮面でいっぱいでした。 大好きな、月光仮面のテレビ放送は昭和34年、私が小学校3年生の時終了しました。
    恥しながら、私はいくつになっても、成人をしても、還暦を過ぎても月光仮面が大好きで今でも、私の手元には月光仮面のDVDがあり、今でも時々見ています。
    そして、私の部屋には常に月光仮面のポスターがはられ、毎日、朝・夕そのポスターを見ては、元気と勇気をいただき、この歳まで元気に楽しく生きてきたのです。

    もし、私が死んだら、月光仮面の字が入った、戒名をつけてもらい、葬式の時は月光仮面の言葉が入ったお経をよんでもらい、さらに棺桶の中には月光仮面のDVDを入れ私の体には月光仮面の衣装を着せてもらいたい、これがばかな私の最後の願いなのです。

    月光仮面に夢中になってから月日は20年ほど過ぎました。
    テレビでは水戸黄門という楽しい時代劇があり、週一回、長い間放送されていました。
    私はこの時代劇を好きになり、ずっと見ていました。
    そして、この水戸黄門には、格さん、助さんという名脇役が常にお供していました。
    私は月光仮面と水戸黄門をミックスした時代劇で月頭巾が格さん、助さんではなく、月姫、星姫という女性剣士を従えた月星頭巾&月姫、星姫という名の3人のすばらしい剣客が大活躍する時代劇を考えついたのです。

    さらにもう一つ、その頃日本の映画界では渥美清主演の娯楽映画男はつらいよ フーテンの寅が大きな人気を得ていました。 あの映画が醸し出す何とも言えないユーモラスな楽しさ、中でもフーテンの寅とタコ社長の掛け合いの醸し出す何とも言えない、ユーモラスな楽しさ。私はこれも付け加えて、楽しい娯楽SF親父ギャグ時代劇を作ろうとばか知恵を絞りまくりました。 私の子供の頃からずっと70年もの長い間、私の心を明るく、楽しく、元気にしてくれた月光仮面、そしてその後、私の心を楽しくしてくれた水戸黄門。 さらに、又々、私の心を楽しくしてくれた男はつらいよ フーテンの寅。 私の大好きなこの3人のヒーローの思い出をさらに楽しくしたくて作ったのが月星頭巾&月姫・星姫という娯楽SF時代劇だったのです。

    今では私はもう70歳を過ぎ、棺桶に足を突っ込んだようなじじいですが、それでも私は死ぬまで楽しい第2の青春の真っ只中であり、楽しい第2の青春を目一杯謳歌しているのです。

    私は今まで大好きな青春賛歌を聞きながら、毎日楽しく過ごしてきましたが、最近はなぜか、韓国風の青春讃歌。
    黄色いシャツ、釜山港へ帰れ、朝の国から、別離(イビヨル)、ゴンドラの唄などを聞いています。
    これらの曲の中でも私は「ゴンドラの唄」が一番好きで「命短し恋せよじじい、頭の髪がはげぬまに~」で始まる、楽しくも哀しい、哀調あふれるこの迷曲を何度も何度も聞きながら楽しく暮しているのです。

    私の人生も又娯楽SF・親父ギャグ、ズッコケギャグ時代劇のようなものだったのです

    [娯楽SF・親父ギャグ・テレビ・ニュース]
    我がホームページのファンだと言われる(本当は私が水森かおりさんのファン) ご当地ソングの女王の水森かおりさんが、三社祭の最終日に浅草におこしになり数々のヒット曲を歌ってくれ、最後には「花の東京」を歌ってくれました。
    建った浅草っ子は大喜びでした。
    又、楽しいイベントがある時はおこしになってほしいですね。

    [フレー・フレー・水森かおり!]
    「ご当地ソング」というこの言葉には、情緒があって日本語でしか言いあらわせない、味のある音だと思います。
    私は彼女の歌を聞いていると、年がいもなく、涙がでるのです。
    私は彼女のファンだから言うのではありませんが彼女は歌謡史に残るほどのすばらしい女性歌手だと思っています。
    フレー・フレー・水森かおり!